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FEATURES2024.03.19

【つくばの廃校から世界初「木の酒」】第1回「木の酒」が日本の林業を救う!?|大塚祐一郎(森林総合研究所・主任研究員)

 

つくば市に本所を置く国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、世界で初めて木材からお酒を製造する技術を開発しました。2023年夏には敷地内に専用施設「木の酒研究棟」を新設し、社会実装に向けて研究を進めています。世界初の技術はどのように誕生したのでしょうか。そして、「木の酒」は日本の林業にどういった影響を与えるのでしょうか。開発に携わる大塚祐一郎主任研究員にお話を伺いました。

 

 


 

木に含まれるセルロースを分解し、お酒をつくる世界初の技術

 

――「木の酒」を開発することになったきっかけを教えてください。

 
もともと私が研究していたのは、木材が微生物によって分解されていく過程です。微生物が分解しやすいようにさまざまな機械で木をすり潰す試みをするなかで、ビーズミルと呼ばれる装置を使いました。水中で特殊なビーズと対象物を高速回転させながら接触させることでナノレベルに粉砕する装置で、カラーインクや滑らかなチョコレートクリームの製造に使われています。この装置を木材にも使えるよう調整し、実際にすり潰したところ、数日で木が腐るようになりました。これで研究をする下地が整った、と嬉しく思った一方で、「ひょっとしたら、お酒をつくることもできるのでは?」という考えが頭をよぎったのです。

 

 

ビーズミルでペースト状にした木材

その後数年間はこの技術を用いて木材からメタンガス燃料を製造する試みを行っていたのですが、お酒好きなものですからどうしてもアイデアが頭から離れず、「やっぱり取り組んでみよう」と決心しました。2017年に酒類製造免許を取って試験製造を始め、2018年にアルコール製造に成功しました。

 

――どのように「木の酒」を製造するのですか?

 
木のおよそ半分は、セルロースというブドウ糖がつながった繊維で構成されています。お酒の原料となる成分ですが、硬い細胞壁に埋め込まれているため容易には分解できません。しかし、ビーズミルを使い1000分の1以下まで粉砕すると、細胞壁が壊れてセルロースが露出した状態になります。これを酵素によってブドウ糖に分解し、酵母で発酵させると、アルコール度数1〜2%の醸造酒ができます。このままではお酒としてのアルコール度数が低いので、減圧蒸留機を使い2回蒸留します。こうした過程を経て、アルコール度数30〜40%の「木の蒸留酒」が完成します。ミズナラはウイスキーのような香り、サクラは桜餅のような香りと樹種によって香りに特徴があり、お酒としてもとてもおもしろいと感じています。

 

 
――木からお酒をつくる技術はこれまでなかったのでしょうか。

 
樹液からお酒をつくるような試みはもしかしたらあったかもしれませんが、木そのものからつくるのは世界初、人類史上初と言えます。2018年にプレスリリースを出した際は多くの方から「本当に?」と疑われましたし、強い関心を持たれた海外のメディアがかなり調べたそうですが、木の酒が過去に存在した記録は見つけられなかったと聞いています。薬剤処理や熱処理をすれば木からセルロースを取り出すことはできますが、前者は食品には向きませんし、後者では香りが飛んでしまいます。それでこれまで実現しなかったのです。

 

 

研究のことを周囲に言えなかった

 

――開発において苦労した点はありましたか?

 
ひとつは、酒造免許の取得です。お酒の製造をするにはビールやワイン、日本酒とそれぞれ免許を取る必要があるのですが、原料なども細かく規定されています。しかし、木で酒をつくることは初めての試みなので酒税法にも載っていないし、どの免許を取ったらいいかわからない。幸い、税務署の担当者が「木の酒」を前向きに捉えて一緒に法律上の解釈を考えてくださり、「その他の醸造酒」「単式蒸留焼酎」「スピリッツ」の製造免許を取ることができました。

もうひとつは、ビーズミルを安定的に動かす条件を定めること。もともと木を粉砕するなんて想定していない機械なので、匙加減を間違えるとすぐ詰まってしまいます。そうすると一度解体して洗わなければいけないので本当に大変でした。一昨年くらいからようやく安定して動かせるようになりました。

 

 
――最初に「木の酒」と呼べるものができたときの味はいかがでしたか?

 
まずかったです。私はお酒の専門家ではありませんし、何もかも見様見真似です。最初は何もわかっていなかったので、スーパーでパン用の酵母を買ってきて使いました。発酵はしたものの、味噌のようなものになりましたね。木にはヤニなども含まれているのでそのまま使うと苦味が強くなるし、当時は多くの人から、「木からおいしいお酒ができるわけない」と否定されました。それでもあきらめきれず試行錯誤するなかで、蒸留すると嫌な香りを除いてすっきりしたお酒になると気づいたのです。シラカバで試したときに、たまたま色々な条件がうまく合ったようで甘くフルーティーな蒸留酒ができて、初めて「ひょっとしたらいけるかもしれない」と思いました。

 

 
――その頃は研究所内でも異端の研究だったのでしょうか。

 
完全に異端でしたね。表立って言えず、私ともう一人で細々と研究していました。シラカバがうまくいったときにようやく上長に「飲んでみてください」と言えたんです。可能性を認めていただき、正式に研究できるようになりました。

 

2023年夏、森林研究所内に誕生した木の酒研究棟。必要な機材がすべて揃っていて、研究に専念できる

 

100年生きてきた木を自分の中に取り込む

 

――「木の酒」研究の現在地を教えてください。

 
まずはスギ、シラカバ、ミズナラ、クロモジの4樹種で安全性試験を行い、問題となるデータはないことを確認しました。現在は、日本各地で「木の酒」を造っていただくために原料樹種の拡大を目的として、安全性試験の範囲を広げて行なっているところです。また、民間企業4社と特許使用許諾契約を結び、技術を移転しています。そのなかの1社である蒸留ベンチャーのエシカル・スピリッツ株式会社は現在つくば市の小学校跡地に蒸留所を建設中です。みなさんに「木の酒」を飲んでいただける日はそう遠くないと思います。

 

 
――「木の酒」にはどんな可能性があると思いますか?

 
たとえば樹齢100年の木でお酒をつくったら、100年間つくられてきた成分を自分の中に取り込むことになるわけです。これってすごくロマンがあると思いませんか? 年輪を見れば樹齢がわかりますから、明治維新と同時期に生まれた木の酒を飲みながら歴史に想いを馳せる、という楽しみ方もできます。地域のご神木が倒れてしまったときに、復興酒として後世に残すこともできますね。新しい食文化の創生につながると期待しています。

 

 
――林業にも影響するのでしょうか?

 
2021年に輸入木材の価格が高騰し、ウッドショックとして騒がれましたね。これにより国産材の活用が進むと思っていたのですが、期待したほどうまくはいきませんでした。需要に応えるには山奥の木も伐りにいかないといけませんが、高齢化や人材不足に加え、長年放置されて管理が行き届いていない山林では林道がなくて重機も入れず、取ってくることができなかったのです。国産材の価格が上がっていたとは言え、新たに人材を集めたり林道を切り拓いたりするコストに見合うほどではありませんでしたから。せっかく国産材の需要が高まったのに活かすことができないほど、日本の林業は多くの課題を抱えています。

しかし、「木の酒」なら可能性があります。希少価値のあるお酒は高値で取引されます。たとえば、山奥に樹齢200年の木があるとします。これをお酒にするとウイスキーボトルを約300本つくれて、1本あたり数万円で売れるとなったら、林道を切り拓いてでも取りに行くでしょう。林道ができれば周辺の木も活用できます。「木の酒」をきっかけに林業が再興し山村地域が活性化する、そんな未来を思い描いています。

 

このくらいの量の木材から、おおよそ瓶1本分程度の木の酒をつくることができるという


 

大塚祐一郎(おおつか・ゆういちろう)

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
森林資源化学研究領域 微生物工学研究室 主任研究員

 

1977年熊本県生まれ。2004年東京農工大学大学院博士後期課程終了後、東京慈恵会医科大学研究員を経て2006年森林総合研究所入所。2013-2014年米国バージニア工科大学客員研究員(併任)。木材成分の微生物による分解過程の研究、代謝工学技術を応用した木材からの有用物質生産システムの開発に従事。木材の微生物分解を研究する過程で、木材を丸ごと発酵可能にする技術を開発する。木材の高付加価値化を目指して、世界初の木を直接発酵して造る「木の酒」の製造技術開発を開始。

 

 


 

取材・文/飛田恵美子 撮影/関根智洋

 
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