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FEATURES2024.03.19

【つくばの廃校から世界初「木の酒」】第2回 蒸留ベンチャーが「木の酒」の生産販売に挑戦する理由|辰巳和也(エシカル・スピリッツ)

 

WoodSpiritsプロジェクトは、森林総合研究所が開発した「木の酒」を民間企業が商品化して販売する世界初のプロジェクトです。挑戦するのは、未利用資源を使ったエシカルなクラフトジンを生産するエシカル・スピリッツ株式会社。同社はつくば市の旧作岡小学校に新たな蒸留所を建設する予定です。WoodSpiritsプロジェクトマネージャーの辰巳和也さんに、プロジェクトが始まった経緯や蒸留所の計画について教えていただきました。

 
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未利用素材を活用してきたベンチャーだからできること

 

――御社がエシカルなクラフトジンを造りはじめた背景を教えてください。

 
弊社創業者の山本祐也は、過去に日本酒ベンチャーや酒販店の経営に携わってきました。そのなかで、日本酒の製造工程で生まれる酒粕の多くが廃棄されている状況を知り、これを再生できないかと考えたことがきっかけです。ジンならアルコール度数が高いので半永久的に保存可能ですし、酒粕の持つ特徴的な香りを引き立てることができます。そこで、酒粕からできた粕取り焼酎をベースにクラフトジンを造ることにしたのです。

酒粕のほかにも、コロナ禍で飲み頃を過ぎてしまったビールや日本酒、チョコレートづくりにおいて廃棄されることの多いカカオハスク、コーヒーをエスプレッソとして抽出した後に残る出し殻など、さまざまな未利用資源を活用してこれまでにないジン造りに取り組んでいます。

 
――WoodSpirits プロジェクトはどういった経緯で始まったのですか?

 
「世界最高のバー50(The World's 50 Best Bars)」にも選ばれたバー「Ben Fiddich(ベンフィディック)」を営む鹿山博康さんが「木の酒」を知ったことから始まりました。森林総研を訪問してそのコンセプトや味に感動した鹿山さんは、「エシカル・スピリッツの“Starring the hidden gem.(隠れた才能をステージへ)”という理念に合うのでは」と連絡してくださったんです。その後、2019年に森林総研と特許使用許諾を結ばせていただき、鹿山さんと一緒にプロジェクトを進めています。

 
――最初に「木の酒」を飲んだときの印象はいかがでしたか?

 
森林浴をしているような心地よい木の香りがありつつ、発酵由来のフルーティーさもしっかり生まれていて、そのバランスが非常にいいなと感じました。純粋においしかったです。

 
――「木の酒」を量産して販売するという世界初の試みに対して不安はありませんか?

 
新しい技術をスケールアップしていく過程では、必ずと言っていいほど困難や壁にぶつかります。しかし、だからこそ我々のようなベンチャーが取り組む意義があると考えています。これまで使われてこなかった素材を活用する技術や経験を培ってきた我々にしかできない使命と捉え、プロジェクトに取り組んでいます。

 
――「木の酒」の技術に対してどのようなアレンジを加える予定ですか?

 
森林総研が開発した「木の酒」は、木と水と酵素と酵母だけで造りだすお酒です。そこに意味と価値があると思っているので、基本の部分に大きく手を加えてアレンジするつもりはありません。そのうえで、常圧蒸留にするのか減圧蒸留にするのか、蒸留時に出てくる留液のどの部分を使うのかといった部分は腕の見せどころです。自社ノウハウを活かし、エシカル・スピリッツらしい「木の酒」、WoodSpiritsを造りたいです。なお、アルコール度数は40%前後までしっかり高めたいと思っています。

 

 
――WoodSpiritsの第一弾は、どんな木を使うか決めていますか?

 
鹿山さんの故郷であり、古くから「木の町」として知られる埼玉県ときがわ町のスギ間伐材や未利用材を使う予定です。その後、産地や樹種を広げていくか、同じ産地・同じ樹種で深掘りしていくかはまだ決めていません。

 

 

 

廃校を活用した蒸留所

 

 
――旧作岡小学校を活用して新たに蒸留所をつくることになった背景を教えてください。

 
「木の酒」を量産するには木材加工の機械や大型ビーズミルといった装置が必要なので、それなりの広さを確保しなければいけません。最初は千葉県内で計画を進めていたのですが折り合いがつかず、つくば市に相談したところ旧作岡小学校の活用を提案していただきました。地元の方々の思い出が詰まった廃校を活用させていただくというのは、エシカル・スピリッツの理念にも合致します。住民説明会でも地域のみなさまから力強い応援の言葉をいただき、蒸留所の建設が決まりました。「木の酒」を生み出した森林総研のあるつくば市でプロジェクトを進められることになりよかったと思っています。

 

 
――つくばにはどんな印象を抱きましたか?

 
最先端の研究施設が集まっている一方で豊かな自然や昔ながらの酒造も残っていて、“伝統と革新”の精神がある印象を受けました。WoodSpiritsという新しいお酒を生み出すのに最適な土地だと思っています。また、一面の芝畑とその先に見える筑波山の風景には感動しました。現在検討中の蒸留所の名前にも、その風景を連想させる単語をつけられればと思っています。

 
――今後の計画を教えてください。

 
秋冬頃から「WoodSpirits」を製造できるようになる見込みです。みなさんにお届けできるのは2025年の春頃になると思います。

 
――蒸留所では一般の方の試飲や購入も可能なのでしょうか。

 
まずは蒸留所としてしっかり運営していくことを目標にしています。将来的には地域のみなさんが見学したり、試飲したりできる環境を整えたいと考えています。

 

 
――WoodSpiritsにはどんな可能性があると思いますか?

 
最近はジャパニーズウイスキーなどの人気が高まっていますが、WoodSpiritsも「国産の木からできたお酒」という点に誇りを感じてくださる方も多いのではないでしょうか。そこから日本の林業の現状に関心を持ってもらえたら、と思っています。

里山には定期的な間伐が必要ですが、現在は木材価格の低迷や林業従事者の高齢化といった理由から放置林が増えています。そうすると山の保水力が低下して土砂災害が起きやすくなるなど、さまざまな問題が生じます。でも、木を酒に生まれ変わらせることを通じてこれまで価値を見出されてこなかった間伐材・未利用木材に光を当て、林業家にしっかりと価値を還元することができたら、山に再び人の手が入るようになるかもしれません。WoodSpiritsプロジェクトは、そうした山の循環を生み出す可能性を秘めたものだと思っています。

 


 

辰巳和也(たつみ・かずや)

エシカル・スピリッツ株式会社

 

1997年生まれ、大阪府出身。大阪大学大学院の博士前期課程を修了。同時期にウイスキー文化研究所のウイスキープロフェッショナル資格を修了していたことから、ファーストキャリアとして、ビール・ウイスキーの設備メーカーである三宅製作所に就職。同社では設計課として、ウイスキー新規工場の設備設計・立ち上げから既存酒造メーカーの設備アップグレードなどの業務を担当。その後、2022年4月にエシカル・スピリッツに入社し、新工場立ち上げ、サブスクリプションサービスおよびそれに特化したブランド「ENIGMA」の改修、「WoodSpirits」プロジェクトマネージャーなどを担当。

 


 

取材・文/飛田恵美子 写真提供/エシカル・スピリッツ株式会社 撮影/酒井謙介

 
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