FEATURES2024.03.19
【つくばの廃校から世界初「木の酒」】第3回 地域に愛された小学校跡地が、世界初のプロジェクトの舞台になる|中村和彦(つくば市公有地利活用推進課)
森林総合研究所が開発した「木の酒」を、蒸留ベンチャーのエシカル・スピリッツ株式会社が生産販売するWoodSpiritsプロジェクト。2018年に廃校となった旧作岡小学校(つくば市作谷)の体育館が、その蒸留所として生まれ変わります。旧作岡小学校が使われることになった背景やつくば市が進める廃校利活用の方針について、公有地利活用推進課の中村和彦係長に伺いました。
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地元住民も、旧作岡小学校の再生に期待している
――旧作岡小学校を蒸留所として活用することになった背景を教えてください。
旧作岡小学校のある旧筑波町地区は、つくば市の中でも少子高齢化が進んでいる地域の一つです。子どもの数が減り学級の規模が小さくなってしまったため、この地区の小中学校は2018年に秀峰筑波義務教育学校へと統合されました。これに伴い廃校となった9校と2013年に廃校となった1校、計10校の跡地や庁舎の跡地等の未利用の公有地を活用するためにできたのが公有地利活用推進課です。地域や民間企業とともに各校の活用を進めるなかで、エシカル・スピリッツから「つくば市内に蒸留所を開設したい」と相談を受け、話を進めてきました。
木の酒の蒸留所として活用される旧作岡小学校
――蒸留所として活用するという案に対し、どんな印象を抱きましたか?
市内の研究機関が開発した技術が市内で初めて実用化されるのは非常に喜ばしいことだと感じました。これまで廃棄されていた材料を使いクラフトジンをつくることや活用されてこなかった木材を活用した酒造りを行う点も、つくば市の推進するSDGsの考え方に合致します。公有地利活用推進課としては、なかなか利活用が決まらなかった旧作岡小学校を気に入ってくださる企業が現れてほっとしました。
――旧作岡小学校はなぜ利活用が決まっていなかったのですか?
利活用がなかなか進まなかった理由の一つとしては、建物が耐震基準を満たしていなかったことがあります。耐震改修の費用をかけてまで活用したいと言ってくださる企業や団体はありませんでした。エシカル・スピリッツは体育館を改修して蒸留所にしていただけるということで、ありがたいお話だと思っています。
――地域住民の方々はどう受け止めていますか?
区長さんとお話したり、住民説明会を開いたりしてきましたが、とても好意的に受け止めていただいています。「学校として使われなくなってしまい寂しく思っていたけれど、新しい施設として生まれ変わるなら嬉しい」というお声をいただきました。
筑波山ゲートパーク、S高、インターナショナルスクール……そのほかの廃校のいま
――廃校を取り壊さずに利活用するのはなぜですか?
学校は地域のシンボルだった場所ですし、地元の方にとって非常に強い思い入れのある場所です。加えて、取り壊しには多額の費用がかかります。まだ十分使える建物も多いので、利活用して地域振興に役立てていこうという方針を取っています。
――作岡小学校以外の廃校利活用の状況を教えてください。
旧筑波西中学校は、2021年に学校法人角川ドワンゴ学園が運営する広域通信制高校「S高等学校」の校舎になりました。旧小田小学校・旧山口小学校は地域交流の場、旧菅間小学校は生活支援ロボットコンテストの会場として使われています。
旧筑波東中学校は、2023年11月に「筑波山ゲートパーク」として生まれ変わりました。旧田水山小学校は文化芸術創造拠点、旧筑波小学校は今年インターナショナルスクールとして整備を進めています。旧北条小学校、旧田井小学校は現在活用していただける事業者を募集中です。
――筑波山ゲートパークのオープン時は話題になっていましたね。
筑波山ゲートパークは、国内最高峰のBMXレーシングコースやレンタサイクルのステーションが備わった自転車拠点施設「サイクルパークつくば」と筑波山地域の自然や文化を学べる地域ジオパーク拠点「つくばジオミュージアム」からなる複合施設です。オープニングセレモニーではBMXのエキシビジョンレースやパンプトラックコース試乗体験会、漫画『弱虫ペダル』作者である渡辺航先生のサイン会やファンサイクリングを開催し、多くの方にご来場いただきました。
筑波山ゲートパーク
――S高ではどのような使い方をされているのですか?
S高は通信制高校ですが、生徒のスクーリングや教材作成などに使用されています。スクーリングに遠方から来る生徒はつくば市内に宿泊し、地元の研究機関を見学するなどつくばならではの体験をして帰っていきます。つくばとの縁を感じていただき、将来戻ってきていただけるといいなと思っています。
――土地や建物はそれぞれの事業者に売却しているのですか?
すべて貸付です。売却してしまうと、事業終了後別の法人に売られてしまうかもしれません。そうすると、地域住民の希望に沿わない使い方をされてしまう可能性があります。つくば市としてきちんと舵取りできるよう、貸付という形をとっています。
――ほかの地域では、市外の企業や団体が廃校を活用してプロジェクトを行うことに対し、地元住民の反対が起こることも多いという話を耳にします。
私も視察にいらっしゃる事業者さんから、「地元の調整が非常に大変だ」という話をよく聞きます。つくばでは、我々がある程度地元の方に受け入れていただけそうな計画に絞って形にしていることもあり、ネガティブな意見はほとんど寄せられていません。
――WoodSpiritsプロジェクトや蒸留所に期待することはありますか?
蒸留所が完成したら、クラフトジンやWoodSpiritsをぜひつくば市のふるさと納税の返礼品として使わせていただきたいと個人的には考えています。また、つくば市内にはさまざまな研究機関がありますし、地域資源も豊富です。たとえば、お酒の香りを分析して商品説明に反映したり、つくばならではの農作物を使って新しいジンを開発していただいたりといったコラボレーションもできるのではないでしょうか。ゆくゆくは地元木材の活用にもつながると嬉しいですね。
蒸留所も、将来的には一般の方が見学や試飲できるようにしたいという構想を聞いています。観光振興にもつながるのでつくば市としても期待しています。
中村和彦(なかむら・かつひこ)
つくば市公有地利活用推進課 係長
1978年茨城県つくば市生まれ。2003年産業能率大学大学院修士課程修了後、2005年につくば市役所入庁。科学技術振興課、インテル株式会社派遣研修、農業政策課等を経て2018年から現職。
取材・文/飛田恵美子 撮影/酒井謙介
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