TSUKUBA TOMMOROW LABO

FEATURES2022.04.01

インターネット投票で“民主主義をアップデート” | 市ノ澤充

つくば市内の並木中等教育学校・茗渓学園の生徒会選挙で行われた初のインターネット投票。これは、つくば市で2018年から実証実験を重ね、構築してきた仕組みだ。

 

 2024年の公職選挙でのインターネット投票を目指すつくば市の最初の一歩、きっかけとなった先駆者がインターネット投票の研究・推進を続けてきた株式会社VOTE FORの市ノ澤充さんだ。日本の政治を見つめる中から、政治をよりよくするインターネット投票の可能性にたどり着いたという。

 

インターネット投票のこれまでと、これから・・。市ノ澤さんの目にはどう見えているのだろうか?

 


 

インターネット投票で『民主主義をアップデート』する

インターネット投票の大きな目的のひとつは、投票機会の平等です。車椅子に対応している投票所ばかりではない中、どこからでも投票できるネット投票は、まさに『物理的バリアフリー』ですし、あるいは人混みが苦手だという人や、人が後ろにいると落ち着いて書けないなど、心理的なハードルにより投票に行けない人もいる。誰にでも落ち着いて投票してもらう環境と機会を提供するということは『心のバリアフリー』といえそうです。

 

またSDGsの視点からも評価できると思います。投票機会の平等は「誰一人取り残さない」というビジョンに適いますし、投票用紙が不要になることで「環境保全に貢献」します。インターネット投票の技術に関するイノベーションは「産業と技術革新の基盤をつくろう」という項目と合致します。

 

イノベーションを通じてあらゆる不平等を解消し、すべての人の参画を促す、民主主義の根幹を支えるシステム作りがインターネット投票の目指す場所だと思います。

 

もともと私は、議員の秘書として、自民党、そして当時の民主党の議員と数年ずつ仕事を共にしました。政治の世界を見ていくうちに、少し失礼な言い方ですが「議員ひとりが変わっても大きくは変わらない」と感じるようになりました。それよりも、選挙の仕組みが変わった方がより大きな変化をもたらせるのではないかと思い、よりよい方法を模索していました。

 

そして10年ほど前に、インターネット投票の実現を目指すようになりました。これまで投票に行かなかった人、行けなかった人が数%動くだけで選挙の結果は変わるんです。投票する人の関わり方・危機感の持ち方で、政治と住民の緊張関係が変わる。その緊張感によって議員になってからの活動もよりよい方向に変わり、その結果、よい政治が実現できるのではないかと。そんな可能性のあるインターネット投票に、私は『民主主義をアップデート』するというメッセージを込めています。そこに共感してくれる若い議員もいますが、やはり、従来の選挙経験の長い層では、まだまだ抵抗感があるのが現状です。

 

2017年・・インターネット投票への分岐点 

2011年から10年取り組んできたインターネット投票ですが、大きな転機は2017年。10月の衆議院選挙で、台風21号の影響によって投票時間が繰り上げられ投票できない人が出たり、開票作業が翌日に持ち越されたりということが起こりました。“一票を平等にあつかう”という選挙の4大原則のひとつが破られ、選挙制度の抱える課題が浮き彫りになったと感じました。

 

これは本格的にやらなければ、という気持ちになり、11月、つくば市の政策コンテスト(『Society5.0社会実装トライアル支援事業』)に、インターネット投票の企画を応募しました。21件の応募者の中13件が通過する中で、私は落選しましたが、その後、つくば市長が声をかけてくれたんです。翌年の選出過程にインターネット投票を使えないかと。

 

そうしてつくば市と共に、全国初の取り組みがスタートしました。2024年の公職選挙をインターネット投票で行うことを目標に定め、実証実験を重ねてきました。

 

個人認証とブロックチェーン

インターネット投票で重要なのは、二つの要素です。まず、投票している人が本当に選挙権のある本人なのかを【個人認証】する仕組み。

 

そして【個人認証】が済んだ本人の投票データを、保存するための【ブロックチェーン】。

 

【ブロックチェーン】は、すべての履歴を正確に記録に残すことで、データの改ざんを防ぎます。さらに、記録に残す際、投票者情報と投票内容を分離して保存することで、誰がどこに投票したのかが絶対にわからない、つまり憲法にも定められている秘密投票を実現することができます。

 

個人認証とブロックチェーンを使ったインターネット投票の簡単な仕組み

 

2018年には、マイナンバーカードでの個人認証と、ブロックチェーンを使った全国初のインターネット投票を行いました。この時はまだ、特定の場所に置かれたパソコンからしか投票できませんでしたが、2020年には、スマホからデジタルIDでの個人認証を可能にすることで、“いつでもどこからでも”投票でき、時間・場所の制約をなくす『物理的バリアフリー』を実現しました。技術的には、実際の公職選挙での投票に使えるレベルまで到達しています。あとは、既存の投票の運用とどこまですり合わせができるか、そこに尽きると思います。

 

2018年 マイナンバーカードでの個人認証と、ブロックチェーンを使った全国初のインターネット投票

 

2019年 顔認証での個人認証によるインターネット投票

 

2020年 デジタルIDによる個人認証でスマホからのインターネット投票

 

並木中等高等学校のネット投票で感じたこと

『物理的バリアフリー』を可能にした次のステップでは、これからの政治に関わる時間が長い若い人たちに、インターネット投票というものがどんなものなのか知ってほしいということで、つくば市にある並木中等高等学校の生徒会選挙で、インターネット投票を使うことになりました。

 

やってみて感じたのは、やはりスマホを使いこなすデジタルネイティブと呼ばれる世代の人たちは、説明書も何もなくても、勝手に投票が終わっていて・・という印象です。問題点も見えてきました。技術面では、スマホ内で複数のプログラムを行ったり来たりすると、そのつなぎ目で、どうしてもエラーが起こってしまう。今回は、投票アプリを立ち上げ、その後、個人認証アプリで個人情報を登録する、そして再び投票アプリに戻るという運用でしたが、投票アプリに戻ってこられなかった生徒が複数いました。紙での投票も可能なように準備はしていましたが、実際の選挙でも、選挙権を行使する機会を失う人が絶対に出ないよう、運用を考えていく必要があると感じました。

 

この生徒会選挙では、紙投票の開票時間が100分だったのに対し、インターネット投票では5分と、圧倒的な差が出ました。生徒たちも、その結果を大きく受け止めてくれていたようですが、生徒の一人に、質問された言葉がとても心に残っています。「ちゃんと正しく集計されているかどうか、わかりませんよね」と。でも説明が難しくて、今の仕組みでは「外部の第三者の認証も受けていて、実績もあるので信じてください」という言葉でしか伝えられませんでした。

 

公正性にはコストがかかる

これまで、いくつかの政党の内部選挙や、大学の教授会のようなセキュリティレベルの高い投票システムを求められるクライアントから引き合いがあったこともあります。しかし、誰に投票したのかわからない公正性の高い仕組みを提案しても、そこまでのスペックは求められないこともある。管理者も中身を見ることができないセキュリティの高い仕組みを作ったのに、「投票状況を途中で見せてほしい」となったこともある。主催者側からすると中身が分かった方がいいし、見られる環境があれば見たいと思うのが人情です。でも、そうなると、指先ひとつですべて変えられるじゃないですか?

 

それが絶対にできないシステムの必要性は、危機を感じた人しか価値を見出さないですよね。そして、そこにはコストがかかる。今、その部分を、つくば市と共に開発しています。2021年に行った『科学技術に関する市民の意見収集』。これは、どうやってもいじりようがないくらいのセキュリティシステムを導入しています。

 

今後は、セキュリティを客観的に証明できることが必要で、第三者機関を立ち上げ監視・監査し、システムが公正に動いているのかとテストする。どんなルールで動いているプログラムで、どのようにデータを処理しているかすべてオープンにして、第三者が検証できるようにする。それが選挙の公正性につながっていくと思います。

 

若い人には、選挙に関心を持つと共に、紙とネット投票双方のメリットとデメリットを知ってほしいし、それを通じて選挙権とか街づくりについても考えてもらいたい。その思いを込めて、自分の会社を『VOTE FOR』 』と名付けました。どんな未来のために投票するのか・・今の暮らしを良くするため、将来の子どもたちのため、地域のため、国のため、地球のため…。それを選んでいくのは、あなた自身です。そのために私たちは、できる限りの投票の環境を整えるようお手伝いを続けていきたいと考えています。

 

 

市ノ澤 充 プロフィール

1976年神奈川県生まれ。政策系シンクタンク、議員秘書、選挙コンサルタントを経て、2011年株式会社パイプドビッツ入社。2017年3月、株式会社VOTE FORを設立。インターネット投票の研究・推進を行っている。

一覧へ戻る