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FEATURES2022.04.01

〝人の悲しむ顔をみないために” 科学でイノベーションするということ | 森祐介

つくば市で2018年から実証実験を重ね、構築してきたインターネット投票。本格的な運用を最初に試したのは、つくば市内の中高生たちだ。なぜ中高生だったのか?

 

理由のひとつは、若者の投票率の低さ。2020年のつくば市長・市議会議員選挙では全体の投票率は52%。そんな中で、20代前半の投票率は26%にとどまった。一方で筑波大学学生を対象にした調査では、約9割が「インターネット投票を使ってみたい」と答えている。

 

2024年に公職選挙でのインターネット投票が実現したとき、その投票率を左右するのは現在の中高生たちだ。インターネット投票が若者の投票率を上げるツールになるのかもしれない。

 

今回のインターネット投票のキーパーソンであるつくば市政策イノベーション部長(肩書きは20217月当時)に話を聞いた。

 


 

18歳 選挙権を持って初めての選挙が インターネット投票になるかもしれない

インターネット投票はこれから徐々に普遍的なものになっていくと思います。その時に、たとえ数%でも2021年につくば市で15歳だった子供たちが経験したことのある技術だ、という機会を提供することが大事だと思ったんです。

 

技術的な背景を知らずに日常的に使っているものって結構あると思うんですよ。これからの世の中は技術もどんどん高度化し、それに伴って答えがない問題も発生してきます。たとえばスマホ。位置情報を皆提供していますが、それで本当にいいのか。個人個人が考えて判断するべきですが、あまり疑問を持たずにやっていますよね。そして何か問題があったときに「ほら」みたいな。「ほら」ではなくて、あなたたちも選択できる状況だったんですよ、と。技術的な背景を知った上で、使う使わないの議論をし、判断をするのは専門家の役割ではなく、市民、国民が自分達で考えなくてはいけないこと。そのための情報を、行政や会社、企業はわかりやすく提供しなくてはいけない。そういう問題意識はずっと持っていました。

 

インターネット投票については、住民側から見たときによいことと、運営している市役所側から見たときによいことの大きく二つに分けられます。

 

住民側からみると、投票をしたい、あるいは潜在的に興味を持っているけれども、優先順位は他の色々なことより低くなっている人に投票の機会が与えられるというのがメリットだと思います。

 

まず投票所に行かなくて良くなる。現在は、なんらかの事情で行けない、特に寝たきりの方、あるいは歩けるけれどバスに乗ってまで行くほどではないというようなお年寄りの方、障害のある方は、投票権を諦めざるを得ない状況にあるかもしれない。また、当日急に、具合が悪くなって行けない場合もあるわけですよね。そうした人の投票権の保証にもつながります。

 

運営する市役所側からみると、特に開票の作業に物凄い時間とお金がかかっています。つくば市の場合は夜7時に締め切って、職員の人達が本部に集まって手作業で数えます。結果が出るのは11時から12時。これを電子的な手法でカウントできれば結果は一瞬で出ます。そうすると選挙事務も圧倒的に効率化が図られ、予算削減ができることがメリットです。

 

これらは、インターネット投票を進める上での大きなメリットだと思います。

 

育まれたチャレンジ精神が生み出す“日本初のインターネット投票“へ

大切なのは、つくばでしかできないこと、言い換えると、他の都市ではなかなかやりにくいことこそ積極的にやることです。つくばは、研究機関が集積しているので、研究機関と共同でやることは、他の都市にはなかなかできないことです。

 

もうひとつは、普段、研究学園都市の恩恵を感じていないと思っていらっしゃる方も、実際にはたくさんの機会に触れ自然と新しいことにチャレンジするマインドセットが育まれているということです。チャレンジングな思考はこの50年くらいの歴史の中で、知らない間に皆さん蓄積されていると思うんですよ。市民だけでなく市役所職員も。その点でも、他の地域よりもひとりひとりの新しいことへのハードルが低く、例えば、つくば市民の方が実証実験の被対象者になることができる、ということもあると思います。

 

そんな土壌があってこそ、最初はつくば市民のためにやっていた試みが、つくば発で他の地域に展開され、ゆくゆくは日本全体、世界全体に恩恵が広がっていけるのだと思います。

 

今 若者に学んでほしいこと

高校生の時、ある授業で女性の先生が「教科書に書いてあることが正解ではなくて、皆さんの研究でどんどん上書きされていくんですよ」という話をしてくれました。その話に「すごいな」と思ったんですよ。

 

ちょうどその頃、食糧問題が世界的な課題となっていて、砂漠で育つ植物を作ることができたら一気に解決する可能性があるという記事を読みました。世界の色々な課題に対応するような、新しい種類の生物をつくることが遺伝子改変などによってできたら面白いと思い、農学部へ進みRNA(ちょうどワクチンで話題になっていますよね)の分子の研究をするようになりました。

 

研究はとても面白かったのですが、科学と社会というアプローチの中で、皆さんに理解してもらうためにはどうしていけばいいのかと考える中で、多様な分野に関わって人と話しながら方向性を決めていく、文科省の科学技術分野の行政官という仕事があると知り、文科省に入省し科学技術の推進などに関わるようになりました。

 

2019年からは、科学技術の街つくば市の政策イノベーション部長として、市全体の経営戦略やスマートシティ推進などに関わっています。その中で、やはり若者への教育に力を入れることが非常に重要だと感じています。

 

 

例えば昨年は、ISS滞在中の星出宇宙飛行士と、全国の小学生をオンラインでつなげる文科省とJAXA主催のイベントがありました。そこにつくば市としても参加し、JAXAのISSのフライトディレクターや宇宙研究所の研究者、ワープスペースというスタートアップのCEOなど、宇宙関係者を呼んで話を聞くという小学校4・5・6年生を対象にしたイベントを企画しました。

 

 

「小学校5年生のときにどんなこと考えていましたか」「宇宙関係の仕事に就くきっかけは?」「どんなところがターニングポイントだったの?」などを話してもらって、自分とは遠い存在に感じていた方々も意外に小学生のときは自分と同じことをやっていたんだ。と、子供達もより身近に感じてくれたと思います。

 

そして、教育に力を入れなければと思うもうひとつの理由は危機感です。

 

日本が今後、子供達がワクワクしない社会になっていたら、皆、別の国に行ってしまいます。だから「この場所では、こんなに新しいことが起こりえて、例え失敗したとしてもむしろチャレンジしたことの方が還元されるんだ。そして魅力的な人が先輩としてこんなにいるんだ」と子供達に思ってもらえる場を作っていく必要を感じています。

 

イノベーションの原動力・・“人が悲しむ顔をみたくない”

インターネット投票に限らず、つくば市民に役に立つ、というところがないと実証実験をやる意味はありません。

 

例えば、2022年1月に2年ぶりに成人式が開催されました。しかし、開催まで1.5日と迫ったつくば市の成人式で、県から各自治体に「ワクチン接種済証明書か陰性証明書がある人のみ入場させるように」との要請がきました。このままだと周知は確実に間に合わず、成人式をとても楽しみにして準備してきたのに、式場に入れませんという人が続出すると思いました。

 

ちょうどその頃、筑波大学と連携し、水素バスの車中で1日2500検体を迅速にPCR検査ができるプロジェクトを進めていたところで、これを成人式の会場に回せばなんとかなる。と思いつき、庁内外の調整と仕組み作りを4時間で済ませました。その結果、87名の方が水素バスで検査を受け、約40分で陰性結果を受け取り、式に参加することが可能になりました。

これは、最近で最もうれしかったことの一つです。

 

物事を進めるときに「人の悲しむ顔を見たくない」というのはありますね。笑顔になってもらわなくてもいいんです。例えば成人式の件でも水素バスで検査を受ける際、「そもそも受付っているの」っていう苛立ちや、不安のところから始まっているはずなんですね。

 

そういった色々な観点で、不公平だったり不遇な目に遭っている人は社会にいっぱいいると思うんですよ。科学技術の活用によって、そんな人達を救える部分がかなりあると思っています。行政って、今あるものの+αのサービスより、突発的にダメージを受ける人たちのリカバリーが必要とされている。追加の幸福よりは、今幸福じゃない部分が少しでも救済されればと。

 

皆さんが使っているコンタクトとか眼鏡とか、開発される以前は困っていた人はたくさんいました。でもそれが劇的に改善され、眼鏡やコンタクトが普通のことになった今、今眼鏡をかけて笑顔になる人はそんなにいないと思うんです。

 

将来的には普通になっているようなことなのに、今できていないことってたくさんある。それを科学によるイノベーションで補償していくことを、これからもやっていきたいですね。

 

 

つくば市 政策イノベーション部長
森祐介


2011年文部科学省入省。内閣府、文部科学省で科学技術やイノべーション推進に携わる。2012年東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。2015年米国留学し、2016年ハーバードケネディスクールで行政学修士号、2017年ハーバードメディカルスクールで生命倫理学修士号を取得。

2019年6月より、つくば市・政策イノベーション部長として、市全体の経営戦略立案やスマートシティ化などを担当。筑波大学システム情報系客員准教授等を兼務。

 

 

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