FEATURES2022.04.01
選挙を科学すると・・何が見えてくるのか | 大澤 義明
つくば市内の並木中等教育学校・茗溪学園中学校高等学校の生徒会選挙で行われた全国初のインターネット投票。この初の取り組みを、別の視点から見ている人がいる。
インターネット投票によって、これまで出来なかったことが可能になるという。それは、選挙をデータ化し、分析すること。つまり“選挙を科学する”ということ。
筑波大学・大澤義明教授に “選挙の知られざる世界”について、研究者の立場から話を伺う。
数値化することで理解できる都市課題
私たちの都市計測実験室では、都市や地域の課題をデータや数値に“見える化”し、合意形成に役立てることを目的としています。
例えば、つくばを車で走っていると、美しい筑波山の姿が向かって右手に見えますが、せっかくの景観が電柱に遮られていることもよくあります。そこで、道路の左右にどれくらいの比率で電柱が立てられているのか数値化してみます。すると『景観を意識せず』両サイドに均等に配置されていることが分かります。もし、電柱を左右どちらに配置しても問題ないなら、左側に寄せることで、右側に筑波山が開けた素晴らしいドライブルートができるかもしれません。また、写真の視線ヒートマップが示すように、人々がドライブでどこをどのように見ているのかをアイトラッキング技術で計測できます。そうすることで、高コストとなる無電柱化ではどの場所を優先して整備すべきかについてエビデンスを用いて提案できます。
このように、問題を数値化することで、まちづくり・都市計画への提案につなげています。まちづくりは個別事情が強すぎて必ずしも公式通りには動きません。柔軟なアイデアをどんどん取り入れることが必要ですので、私の研究室の卒業研究や修士論文では、学生が考えてきたテーマを優先して進めることとし、若者の素朴な目線を積極的に取り込もうとしております。
選挙を“見える化”してみると?
インターネット投票では、誰に投票したか、という最終結果の他に、個人が特定されない形で“いつ”“どこで”“どんな人が”という付属のデータを集めることができます。これらを活用できれば、選挙も大きく変わる可能性があります。
例えば、投票期間は本当に1週間必要でしょうか?今は、データがないので1週間という期間が長いのか短いのかわかりません。しかし、もし1週間のどの時点で投票されているのか分析することができると、初日に投票する人が95%いれば『1週間は長いだろう』 となりますし、逆に今のままでは短すぎるという結果が出てくるかもしれません。
茗溪学園中学校高等学校の投票分析で見えたこと
2021年10月に行われた茗溪学園生徒会のインターネット投票では、個人情報を秘匿してデータ分析を行いました。この選挙は、投票期間は4日間で、1500人の生徒が参加。また、海外からの生徒も数名参加しました。投票初日にすべての生徒が告示情報を元にスマートフォンやパソコンから1回目の投票をします。そして写真で示すように立候補者による立ち合い演説会がインターネット配信された後、4日間の間に2回目の投票を行いました。
1回目と2回目の投票を比べると、立ち合い演説会前後でどれだけ票が動いたのでしょうか? まず、信任投票の場合です。立ち合い演説会の前後で、信任の割合は2割ほど上がりました。また、ひとつの枠を複数の候補者が取り合った場合にも、立ち合い演説の後、2割の票が動いています。つまり、立ち合い演説会の効果が立証され、投票した側も投票された側も納得感を持った投票になったと言えます。
また、投票期間を4日間と長めに設け、上書き可能としました。生徒たちは4日間のどこで投票したのか?データを分析したところ、98%が演説当日に投票を終了した一方で、2日目と3日目には最終投票がなく、最終日に最終決断を下した生徒は2%、という結果が見えてきました。インターネットだからこそ可能となった4日間という長めの投票期間、その意義は多少あるかもしれません。
以上から、個人情報データの大規模処理、国境を越えた投票、さらには立ち合い演説会や投票期間の効果検証などインターネットの力を遺憾なく引き出せた選挙となりました。
若者の意見を引き出す『世代別の選挙区』とは?
今の日本の20代の人口は総人口の10%(2022年3月1日現在 総務省統計局人口推計より)です。通常の選挙では、マイノリティとも言える若者の意見が反映されにくい現状があります。選挙権を持つ人の平均年齢が上がると政策が短期的・場当たり的になってしまう傾向がありますが、若い人はもう少し長めのスパンで見ています。例えば、“カーボンニュートラル”や“気候変動”“地球の未来を守るSDGs”など50年100年の長期視野が必要な地球規模課題を大事だと考えるならば、やはり若者の意見がどうしても重要になってきます。
インターネット投票を用いれば選挙システムを根本から見直すことも可能です。例えば、現在、地域によって分かれている国政選挙区を、今後は全国を20代区、30代区といった世代別選挙区として票を集計することも可能です。もし実現すれば、『日本全体の20代の意見』が集約され、若い人の意見が埋もれずに見えやすくなるかもしれません。技術的には可能ですがこれを制度化することはかなり難しいことです。しかし、これくらい抜本的な変革を進めないと、日本は変わらないでしょう。そして、それを可能にするのがインターネット投票だと思います。
インターネット投票が変える未来の社会は?
インターネット投票によって、若い人の投票率が上昇し彼らの意見が民意として反映されるようになれば、まちづくりにも中長期的視点が加わり、近未来的なスマートシティへの更新も現実味を帯びてきます。さらに、様々な事業に対してインターネット投票で手軽に住民の意思を確認できれば市民共働のまちづくりにもなり、合意形成を加速させることで生産性を確保できます。結果として多くの生活場面で見える景色が変わってくると思います。
私が、この町で好きな風景は、風が強い冬の筑波山です。凛として美しいです。そして、写真からも分かるように、ちょっと離れたところから見る研究学園都市とのシルエットは希有な景観です。つくばならではのスマートシティは、科学的・近未来的でありながら、人間らしさ、土のにおい、四季の変化、そのようなものが感じられる町であってほしいと思っています。スマートシティを作る過程は平坦ではないと思います。旧弊を取り除き日本の他の都市を牽引していく覚悟を持つことが、世界を代表する学園都市・つくばの役割だと思います。
大澤義明 プロフィール
筑波大学システム情報系教授 「社会から学び,学びを社会へ」を理念とし、都市計画や都市景観の計量化、都市と地方の問題、インフラ維持管理、相続工学などを研究テーマとしている。また、県内外の高等学校や自治体・企業と連携し、地方創生・人材育成の推進にも力を入れている。