TSUKUBA TOMMOROW LABO

FEATURES2019.03.20

宇宙と地上から生み出されるイノベーション|菊池優太

「TSUKUBA TOMORROW LABO」とは、“世界のあした”を考え、実験・実行していくつくば市のプロジェクトです。第1回目は、新しい暮らし方になるかもしれないと話題のバンライフ(#VANLIFE)にフォーカス。自然と向き合い、テクノロジーを駆使し、バンライファーとともに快適なバンライフを実験します。

そこで、実験会場となる『つくばVAN泊』(2019年3月開催)にご参加いただく方々をシリーズでご紹介。6人目は、つくば市に筑波宇宙センターを構えるJAXA(宇宙航空研究開発機構)で、宇宙開発の知見をもとに、新しいイノベーションやビジネス創出に取り組んでいる、菊池優太さんにお話を伺いました。

 

 


 

世界規模で拡大している、宇宙ビジネス市場

私は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の新事業促進部で、民間企業などとコラボレーションし、新たなビジネスの創出を目指す、共創型研究開発プログラム「J-SPARC」というプロジェクトに携わっています。

日本政府は2017年に「宇宙産業ビジョン2030」を発表し、現在約1.2兆円ともいわれる日本の宇宙ビジネス市場を2030年代前半を目途に倍増を目指しています。アメリカはもちろん、中国やインド、中東諸国も宇宙ビジネスに注力していることがその背景にあります。

日本国内においても、さまざまな宇宙ベンチャー企業が生まれており、その官民一体となった支援の一環として、今後5年間で最大1,000億円程度のリスクマネー供給を2018年3月に発表するなど、政府系ファンドや大手企業などによる宇宙ベンチャーへの投資機運が高まっています。こうした中、J-SPARCでは、これまで宇宙分野で培った技術やノウハウを活かし、宇宙旅行ビジネスや衣食住分野など、新たなビジネス領域の開発に取り組んでいます。

 

宇宙と災害時は共通点が多い

J-SPARCのプロジェクト事例のひとつに、宇宙食と防災食をかけあわせた『BOSAI SPACE FOOD PROJECT』があります。これは、宇宙飛行士の健康管理手法や宇宙食に関する知見と、災害時の課題とをかけ合わせることで、新しい防災・宇宙産業の創出を目指すものです。

宇宙ステーションと避難所の環境は、閉鎖的でストレスがたまりやすいという共通点があります。さらに様々な栄養素の摂取が必要であること、水が貴重という点でも似ています。宇宙食と防災食のコラボレーションは、機能・ビジネスの両面で、これまでになかった付加価値を創造できるのではないかと考え、東日本大震災を機に防災備蓄食の開発に取り組まれている宮城県の企業、ワンテーブルさんとの連携を始めました。

 

避難所の教訓と宇宙の課題をかけ合わせたゼリー状の食品開発

ワンテーブルさんは「LIFE STOCK」というゼリー状でコンパクトな防災備蓄食の開発に成功されました。東日本大震災の避難所では、カンパンなど備蓄食が備蓄されていても、硬くて食べられない小さい子どもや高齢者が多くいたそうです。また、飲料水がなく、喉が乾いた状況で乾燥した備蓄食を食べなければならなかったこと、救援物資もおにぎりやサンドイッチなどの炭水化物に偏りやすく、栄養不足を招いたことなど、現場では「食」に限っただけでも相当な課題があったと聞いています。

そんな教訓から考案された「LIFE STOCK」は、飲み水がない環境でも食べることができ、食物繊維やビタミン配合で、咀嚼力の弱い子供や高齢者でも食べやすい味・形に仕上げ、避難所生活のQOL向上にも配慮されています。
1食あたりのサイズがとてもコンパクトな点も重要です。宇宙船同様、収納スペースが限られている環境であっても備蓄スペースの効率化につながります。

コンパクトかつ水なしで食べることができ、風味もよく、栄養価も高い備蓄食には大きな価値があります。これらのワンテーブルさんの知見やプロダクトをベースに、備蓄食にも宇宙食にも活用できる新ジャンル「BOSAI SPACE FOOD」の開発に現在取り組んでいます。将来的に宇宙食としての採用はもちろん、備蓄できる離乳食や介護食、救援物資の新たな選択肢として、より多くの命を守る食品になるかもしれません。

 

「デプロイシティつくば」との協働

『BOSAI SPACE FOOD PROJECT』では、実証事業に協力してくださる「プロジェクトパートナー」を募集しました。パートナーの第一号はつくば市で、つくば市内の小学校で「宇宙防災教室」を開催しました。

全校生徒を対象とする大きなイベントとなり、私は子ども向けの宇宙教育にも長年携わっていましたので、そのノウハウも生かし、防災の要素を取り入れた宇宙教育授業を、ワンテーブルさんとともに実施しました。また、子どもたちにも主体的に防災について考えてもらうために、どんな備蓄ゼリーがあったら良いか、食べてみたいかをスケッチしてもらうワークショップも行いました。

宇宙防災教室を行った小学校の地域では、東日本大震災のすぐ後に竜巻災害があったこともあり、子どもたちの行動からも防災意識の高さを感じました。宇宙と防災をミックスした授業は手応えがあり、皆さんが描いたスケッチからも、目を見張るアイデアや、求められている味など、子どもたちの豊かな発想に新たな気づきが本当にたくさんありました。つくば市で育つ子どもたちの教育環境は、とてもユニークで豊かに恵まれているなと改めて実感したところです。

ソーシャルパートナーとの共創は、宇宙・防災の分野において、とても有意義であることが、つくば市との協働を通じて確認でき、今後の事業展開においても多くの気づきやヒントをいただけたことを感謝しています。

 

バンライフは宇宙生活の一歩手前

つくば市の『つくばVAN泊』では、「バンライフは宇宙生活の一歩手前」というテーマでトークセッションを行うということで大変面白い企画だなと感じました。私自身、宇宙生活は、限られた物資やスペースの中でやりくりする点で、登山やキャンプ、車中泊などとの共通点を感じていました。

宇宙空間でも地上でも、新しい発見やイノベーションは、エクストリームな環境における挑戦の中で生まれています。例えば、地上から宇宙に水を運ぶことには、莫大なコストがかかり、持っていける量にも制限があります、一方、宇宙空間では水が得られませんので、水の循環システムが宇宙船に搭載できるサイズで開発されました。宇宙では尿の水分を回収・ろ過して飲用として再利用していることは有名ですが、そこには宇宙という過酷な環境で生活することへの挑戦があります。

こうした技術を、たとえば「バンライフ」のバンの中に搭載することができれば、今までは難しかったロケーションで水を使えるようになり、例えば現時点では難しい国定公園でのカーキャンプなども検討できるようになるかもしれませんね。

また、地上で「バンライフ」をする人たちによって生みだされた、限られた車内空間で快適に生活する知恵や技術などは、逆に宇宙空間での生活に取り入れられ、宇宙生活の質を高めることにもつながるかもしれません。
こうした点で、「バンライフ」と宇宙、「つくばVAN泊」がきっかけで新しいコラボレーションが生まれたら面白いですね。

 

 


 

菊池優太

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
新事業促進部 J-SPARCプロデューサー

 

民間との共創による宇宙旅行・衣食住、コンテンツ・エンタテビジネスなどを担当。夢は、「月面オリンピックを実現し、自ら実況すること」。大分県出身。

 

http://aerospacebiz.jaxa.jp/solution/j-sparc/

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