FEATURES2018.12.25
バンでスタートアップする。実験としての働き方|成瀬勇輝
「TSUKUBA TOMORROW LABO」とは、“世界のあした”を考え、実験・実行していくつくば市のプロジェクトです。第1回目は、新しい暮らし方になるかもしれない話題のバンライフ(#VANLIFE)にフォーカス。自然と向き合い、テクノロジーを駆使し、バンライファーとともに快適なバンライフを実験します。
そこで、実験会場となる『つくばVAN泊』(2019年3月開催)にご参加いただくバンライファーさんをシリーズでご紹介。2人目は、オフィス兼ホームのバンで地方都市を転々としながら文化財、地方自治体や観光スポットのガイドを制作する成瀬勇輝さんにお話を伺いました。
ビート・ジェネレーションへの憧れ
僕は50年代終わりのアメリカ文学が好きで。ジャック・ケルアックの『路上(オン・ザ・ロード)』やアレン・ギンズバーグの『吠える』などビートニクの作家が好きなんです。戦争に勝利し、資本主義バンザイのアメリカで大量生産・大量消費の世の中に閉塞感を感じていた若者たちが旅に出る。ケルアックたちの言葉に触発されて行動を起こした彼らはのちにヒッピーとなり、新しい価値を生み出していきます。
映画も『イージー・ライダー』みたいなロードムービーが、やっぱり好きで(笑)。昔から潜在的に“移動しながら暮らす”ことに憧れがありました。
新しいオフィスは、6人乗りの自作バン
2年前にトラベルオーディオアプリ「ON THE TRIP」という新しいサービスを立ち上げました。“あらゆる旅先を博物館化”するというコンセプトで、京都や奈良などにある文化財、お寺や神社などの観光スポットを取材し、多言語で利用できるオーディオガイドを制作しています。他では見れないような、本当に面白いオリジナル性の高いコンテンツはなにか?と考えたとき、取材先で暮らすように生活し、僕らが体験しながらインタビューをすることで良質なコンテンツが作れるのではないかと思いました。
でも、ライターとフォトグラファーが現地に1~2ヵ月間滞在しながら取材をするとなると、宿泊費や交通費などの取材経費が高くつきます。そこで、バンがオフィス兼ホームになってくれたら金銭面の問題を解決しつつ、憧れだった“移動しながら暮らす”というライフスタイルもいっぺんに叶うと気づきました。すでに話題になりつつあったバンライフですが、ネットで調べてみるとオフィスとしてバンを活用しているバンライファーが見当たらず。それならば、僕たちがバンでスタートアップする意味があると。働き方や暮らし方を誰よりも先に実験し、発信してみるのもおもしろいと思ったんです。
今では地方都市にもシェアオフィスは増えていますが、山の中や海の前にはなかなかありません。せっかく東京を離れてバンライフをするなら、山の中で鳥の声で目覚め、波の音を聴きながら眠る。そんな暮らしをしながら働きたい。それを叶える方法がバンでした。そして定員6人のバンを、もともとマイクロバスについていた椅子を全て取り外して自分たちで木材を使って改装し「ON THE TRIP」のサービスカラーである白×黒に自分たちで塗り、バンオフィスで取材行脚の生活がスタートしたのです。
モビリティがつくるコミュニティ
転々と移動しながら取材をする生活も1年半ほどになります。奈良の大安寺にはじまり、那覇の首里城近くのホテルや海岸沿い、山梨の富士吉田、三重の伊勢神宮、神戸メリケンパークオリエンタルホテルなど贅沢な場所にバンをとめさせていただきながら取材生活を送る日々。バンライファーだからこそ見られた絶景もたくさんあります。
バンがオフィスと聞くと「見てみたい」「乗ってみたい」という人が多く、取材が終わった夜には自然にバンに人が集まり、地元の人たちとの交流の場になることもしばしば。オレンジ色のライトの下で、みんなで飲んだり、取材の報告をしあったり。そんな光景を眺めていると、僕らにとってバンは、モビリティというより“コミュニティ”なんだなと強く実感します。バンライフは昔からありますが、いま僕らのようなミレニアル世代のバンライファーが増えている理由は、コミュニティの場として使えるところに魅力を感じるから、ではないでしょうか。
また、僕たちにとってニュースだったのが、このバンライフがアート作品になったことです。新潟・越後妻有の芸術祭「大地の芸術祭」に呼んでいただき、メイン会場である越後妻有里山現代美術館「キナーレ」の目の前にバンをとめるという作品になりました。これもバンが人と結び付けてくれる魅力のひとつなのかもしれません。バンがオフィスになっただけで、今まで以上に人と仕事が集まるようになった気がします。
バンライフの未来を見たい
僕たちのバンには、ソーラーパネルと4台のリチウムバッテリーを搭載しています。扇風機が2台あるだけでクーラーはありません。なので、夏は暑く、冬は寒い……。だから、ほとんど日中はバンに戻らず、取材したりカフェで原稿を書いたりしています(笑)。バッテリーは、冷暖房ナシの生活をする分には問題ありませんが、それも夏の強い太陽があってこそ。冬の太陽ではやはり発電効率が下がるので、バッテリーの持ちが弱い。特に僕たちは自然のなかにいることが多いので、今後連続使用が可能な車載用バッテリーが誕生することに期待しています。
同時に、たくさん発電した電気を簡単に売買できる仕組みがあったら便利ですね。例えば、ガソリンスタンドに蓄電池があって、そこに売って貯めておけたり、気軽に買えたり。電気を個人に取り戻し、売買を自由化にしてそれをあらゆるスポットでできるといいですね。つくった電気が余って無駄にしてしまうのは、単純にもったいないなあと思うので。
僕は個人的に食べることも大好きで、地方に行くと必ずその場所でもっとも美味しい食材を探します。しかし僕たちには冷蔵庫がない。限られた環境の中でいかにいいものを作れるかを考えると、宇宙食にも興味があります。宇宙食の研究もだいぶ進んでいるのだろうと思いますが、”持ち運べて”栄養たっぷりでおいしい食を追及できたらおもしろいでしょうね。
また、極小スペースの車上暮らしとなると、荷物も極力減らす必要があります。僕は荷物をなるべく持たない暮らしをしているので、リュックひとつでひと月はいられるのですが、バンライファーにとっても、将来やってくるかもしれない宇宙生活を想像しても、食料や洋服、ベッド、車両のバンでさえも良質にコンパクトに進化していく必要があると思っています。
アメリカ人たちが大きな車に乗って世界の羨望を集めていた時代に、ドイツのフォルクスワーゲンが“スモール・イズ・ビューティフル”というキャッチコピーで「ビートル」を販売していましたが、あのスティーブ・ジョブズが最も感銘を受けたCMと語るように、新しい価値観を世の中に提示したCMでした。あのときと同じように、スモールやコンパクトという価値観が見直される時代にあると思うんです。その象徴となれるバンライフの未来にたくさんの可能性を見つけたいですね。それにはまず実践が大事。新しいことに誰よりも早く飛び込み、楽しみ、時に傷つきながら、自らが実験することに価値があります。
『方丈記』を現代にアップデートした生き方
この生活をはじめて、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」で知られる随筆『方丈記』で描かれた日本の中世と現代がシンクロすることに気づきました。筆者である鴨長明が生きた時代にも、大火や飢饉、大地震などさまざまな災害が起こっていました。そこで長明は、定住はリスクありと判断し、四畳半の小屋を牛車で引き転々と場所を変えて暮らしていました。まさに、日本初のモビリティライフですよね。
最近の自然災害は異常です。さらに経済がその流れを急速に変えることに悩まされ生きる現代の僕たちも長明の頃と同じかもしれません。だからこそバンライフは、時代背景にあった選択肢ともいえます。しかも、いまはテクノロジーの進化で、車内で電気やネットを使って仕事や生活ができる時代でもある。僕は、鴨長明の『方丈記』を現代にアップデートした生活ができたらと思い、バンライフを実験しています。
日本中に僕たちの“ホーム”をつくる
車内でいろんなことができる時代とはいえ、必要なものが何かを極力追求して無駄を削ぎ落として暮らしています。たとえば冷蔵庫。冷やす必要があるものって何があるだろうか、実はそんなにないんじゃないか。そう思い僕たちの冷蔵庫はコンビニ。ほぼ水とビールくらいしか買っていません。お風呂はバンに積まずに現地にある最高の温泉やサウナ施設に、洗濯はコインランドリーに委ねています。
このように生活をアウトソーシングしていると、自分たちと地元の人たちとの境界線がなくなっていき、ホームとアウェイの違いがわからなくなるような感覚に陥ることがたびたびあります。その融合していく感覚におもしろさがあると思っていて、それこそがバンライフの魅力であり、地元に暮らすように取材ができるおかげなんだなと感じます。
バンライファーとしてさらに年月を重ねて、日本中に僕たちの“ホーム”がたくさんできたら楽しいだろうなと思います。だけど、この暮らしももしかしたら来年は飽きているかもしれません。それはそれで。
成瀬勇輝
株式会社 ON THE TRIP / CEO